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wikiより

森 美樹(もり みき、1934年2月5日 - 1960年12月4日)は、日本の俳優。男性。本名は森 潤(もり じゅん)

1934年2月5日、東京生まれ。
1954年、早稲田大学文学部英文科を3年で中退して、松竹舞踊音楽学校附属俳優養成所に入り、1955年に松竹京都撮影所に入社。同年の『顔のない男』でデビュー。1957年、エランドール賞新人賞を仲代達矢、江原真二郎らと共に受賞。
1956年の『京洛五人男』では沖田総司、1958年の『螢火』では坂本龍馬、1959年の『巌流島前夜』では宮本武蔵を演じるなど、主に時代劇映画に出演したが、松本清張原作の『顔』(1957年)など現代劇にも出演している。
映画で共演した瑳峨三智子と恋愛関係になっている。
1960年12月4日、『あんみつ姫の武者修行』の撮影中、京都市左京区の自宅でガス中毒のため26歳で死去。

瑳峨 三智子(さが みちこ、1935年3月1日 - 1992年8月19日)は、女優。俳優・月田一郎と女優・山田五十鈴との間の一人娘。京都府京都市出身

1952年9月、東映に入社し、嵯峨美智子(後に瑳峨三智子に改名)の芸名で女優デビュー。デビュー後、既に離婚していた母・五十鈴と十数年ぶりに対面したが、しばらくの間、母を「山田さん」と呼んで周囲を驚かせたといわれる。1956年に松竹移籍。母・五十鈴譲りの妖艶な色気と演技力で人気を得た。1962年、俳優の岡田眞澄と婚約したが、結婚に至らず2年後に解消。その後、金銭トラブルや薬物中毒などたびたびトラブルを起こし、芸能界復帰と失踪を何度も繰り返した。俳優の森美樹とのラブロマンスもあったが、森のガス中毒による急死により悲劇となった。
 
1992年8月19日、滞在先のタイのバンコクでクモ膜下出血のため死去した。57歳没。
瀬戸内晴美 (瀬戸内寂聴) の小説『女優』は、瑳峨をモデルにした作品である。
 
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当時としては稀な178cmという長身、彫の深い知的な眼差しで売り出し中だった森美樹が事故死したことは大変残念ですね。
恋愛関係にあった嵯峨美智子の母は、大女優の山田五十鈴で、母娘間には確執があったそうです。
山田が瑳峨を生んだのは18歳。夫は往年の二枚目スター月田一郎ですが、数々の男性関係の末、離婚。
瑳峨は、自分を捨てた母を恨んでいたそうです。

母譲りの妖艶な色気と演技力。そして派手な男性関係も、母譲りでした。

そして、仲代達也と並ぶ有望株として期待されていた俳優の森美樹と恋に落ちます。
しかし森はガス中毒のため26歳で世を去り、瑳峨の人生は転落して行きます。
酒に溺れ、薬に手を出し、遅刻、すっぽかしを繰り返し、岡田眞澄との婚約解消も…。
ふしだらな生活から芸能界に居場所がなくなり、ついには山田からも見放されました。

瑳峨はその後、岡山市内でホステスとなり、晩年はクラブのママにおさまりましたが、1992年滞在先のバンコクでくも膜下出血のため57歳で亡くなりました。
晩年まで母を恨む気持ちは消えず、山田のことを「あの鬼ババ」と呼んでいたそうです。

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森美樹と瑳峨三智子の共演作
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市川雷蔵と共演した瑳峨三智子 この二人美し過ぎますね
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右側が森美樹です
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